治療院の税務調査(後編)
日計表の売上計上漏れのチェック
前篇では、最近弊事務所で税務調査のあった治療院の事例をご紹介しました。
調査官はもっぱら現金売上の処理と窓口現金の管理について細かく聞き取りを事業主のAさんから行いました。治療院では、日々の現金売上について日計表に記入を行っています。日計表には、患者名、現金受取額の明細が記載されています。調査官はこの日計表の作成が正しく行われているかどうかのチェックを始めました。調査官「すいませんが、最近来られた患者さんのカルテをみせてください」。Aさんは、カルテ(施術録)を数枚持ってきました。調査官はカルテに記載されている施術日の日計表を探し、この患者の名前と金額が一致していることを確かめます。もし、このチェックで日計表に記載がないと、それがどうして記載がなかったかを事業主に聞きます。カルテの日付が間違っていたのか、それとも意図的に売上をごまかしていたのか。調査官の質問に対して事業主の表情がどう変わるのか。調査官は注意深く観ています。たかだか数枚のカルテのチェックで日計表への記載漏れが一件でもあれば、これは一年間だと相当の売上計上漏れがあるとみなされてしまいます。
調査官「最近の予約簿をみせてください」。この治療院では、予約の受付を行っており、これを記載した予約簿があります。調査官は予約簿に記載された日にちの日計表をみて、予約した患者が記載されていることを確かめます。ここで日計表に記載がないと、これはキャンセルなのか、それとも売上の計上漏れなのか調査します。もし、納税者がこれはキャンセルだと言っても、カルテをみられて、これに記載があると、これは売上をごまかしたとみなされてしまいます。
治療院の現金売上をごまかすケースとしては、事業主自ら行う場合、受付をやっている従業員が、何人かの患者からの売上について日計表への記載を意図的に行わないで、着服してしまう場合があります。税務調査で初めて従業員の売上金の着服が判明し、ショックを受ける事業主の方もいらっしゃいます。
保険請求に詳しい調査官は、保険の請求書に記載されている本人負担額の月合計と、日計表の月合計額の突き合わせを行います。保険分については、これが一致するはずです。理屈では一致するはずですが、一致しないことがあります。日計表で保険分と保険適用外の売上を分けていない場合、日計表の売上合計が多くなります。逆に日計表の売上合計が少ないということはありえないので、この場合は、差額分だけ売上のごまかしが行われたことになります。
保険請求の資料は保険請求団体、保険者に残りますので、そちらから調査されれば、本人負担額の売上のごまかしはわかってしまいます。保険適用外の施術売上はこのような外部資料がないのでごまかしやすいとみなされ、事業外の個人名義の預金通帳をみられることがあります。
自賠責売上のチェック
調査官「自賠責のカルテを直近1年分全て見せてください」。
Aさんが持ってきたカルテには、保険会社からの入金通知書が入っていました。調査官は会計帳簿の自賠責売上の計上額との突き合わせを行います。また、入金通知書の入金を通帳で確認します。自賠責の請求書は保険会社に送ってしまい、控を納税者がとっていない場合が多くあります。また自賠責の請求を、施術した月毎に行っているケースと、患者の施術が終わった時にまとめて請求する場合があります。この場合は請求金額も多くなります。自賠責売上を入金時に売上計上している場合は、直近の事業年度末で、施術は行ったが未入金の施術分の売上が計上されているかどうかがチェックされます。税務上は、施術を年度内に行った部分は、年度内の売上になります。請求や入金が翌年度になっても施術ベースで売上の認識がされてしまいます。患者の施術が終わったのが年内で、翌年にまとめて請求するケースで、この売上の計上が漏れていた場合は、金額も多くなりますので、調査官も見つけようと躍起になります。
納税者の中には、自賠責の入金は金額が多く、もしこれをごまかすと、納税額がかなり少なくなるので、その誘惑にかられる方が出てきます。そういった方がよくやる手は、保険会社からの入金口座を事業用の口座とは別の口座にして、その入金額を税務署に申告しないというものです。しめしめ、うまくいったと喜ぶ納税者もいるかもしれません。しかし世の中はそんなに甘くはありません。保険会社には振り込んだ資料がありますので、そちらの資料から調査されると、すぐに計上漏れがバレテしまいます。また、入金口座は銀行にあります。税務調査官は銀行に行って銀行口座の名義人の同意なしに口座を見ることができるのです。調査官は、税務調査の前に銀行に行って、法人の代表者の個人口座を調べることもあります。
これまでの事例では、法人の代表者が、自賠責の入金口座を個人名で別途作り、そこに入金させて、これを法人の売上から除外していたケース。個人事業でネット口座を別途作り、こちらへの自賠責の入金を売上除外していたケースが税務調査で摘発されたケースがあります。どちらも脱税なので、本税以外に重加算税を支払うことになります。金額が多くなると、刑事罰になり、名前が公表されたり、収監され、前科がついてしまいます。ゆめゆめそのようなことはお考えにならないようにしてください。
飲食代のチェック
調査官は3年分の経費の領収書を税務署に持って帰りました。個人事業の税務調査でよくあるのは、最初の調査で領収書、通帳等を預かり、後日また来てその調査結果について納税者に確認をとるというやり方です。三週間後、調査官がまた来ました。調査官「交際費、会議費、福利厚生費のなかに飲食代が多く含まれています。一年間で約百万円。これが3期分あります。見たところ、個人的な飲食が多く含まれているようです。各々の飲食代は誰が飲食したかわかりますか?」。Aさん「過去3年の各々の飲食については直ぐには思い出せません」。調査官「では4割は個人用として必要経費の否認をして下さい」。百万円の4割ですと、40万円。これの3期分だと120万円になります。そこでAさんが同意すれば、確定になります。しかし、立会をした私が「確たる証拠もないのに4割と決めてしまうのはおかしいと思います。Aさんに各々の飲食代について誰が飲食をしたのか思い出してもらい、その明細を書面で提出しますので少しお時間を下さい」と交渉。調査官も同意したので、Aさんに会計帳簿の交際費、会議費、福利厚生費の明細3期分を渡し、横に飲食をした人の名前、事業との関係を書いてもらうことにしました。
2週間ほどしたら私のもとにAさんから明細が届きました。明細を見ると、個人的なものは1割もありませんでした。それを税務署に送り、調査官に説明。Aさんが書いたものがそのまま認められました。治療院の税務調査では、経費となるものが限られており、なかでも飲食代は目を付けられますので、日ごろから、各々の飲食代については、領収書の裏にでも、飲食した人の名前と、事業との関係(患者、従業員、業者等)を記入するようにしてください。
所得が少なくても調査はある
前号では、売上が伸び、経費も増えているところが、調査に入られやすいと述べました。しかし、生活費もないほど所得が少ないのが長く続くと、これもおかしいということで、調査に入られることがあります。治療院を営むBさんは、施術にこだわりがあり、患者さん一人一人しっかり時間をかけてみることにしています。そのためか、売上が少なく、売上から必要経費と所得控除を引いた課税所得がゼロの申告が数年続きました。そんなBさんに今回税務調査が入りました。調査官「毎月の生活費はどれくらいですか?」。Bさんは借家なので毎月の家賃と生活費、子供が学校にいっているので授業料まで訊かれました。調査官は、毎月の生活費を確認することで逆算して実際の所得がどれくらいなのかを把握しようとしているようです。
調査官は領収書等3年分を持って帰り、一ヶ月後にまた来ました。調査官「消耗品費が毎年120万円くらい計上されていますが、ちょっと多いのでは。内容拝見すると、近くのスーパーでほぼ毎日買い物されているようですが、どのようなものを購入されているのですか?」。スーパーの領収書は全てレシートではなく、別途とったもので内容が書いてありません。Bさん「いちいち憶えていませんが、治療院で使用するタオルやトイレットペーパー、シーツ等です」。調査官「最近の領収書を見せてください」。Bさんがここ1週間のスーパーの領収書を見せると、「これは何を買ったのですか?」と1枚1枚の領収書について内容を質問。Bさん「憶えていません。。。。。」。この後は想像にお任せします。消耗品費のなかに個人用の支出を入れてしまうとこういったことになります。くれぐれもお気を付け下さい。
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