治療院の税務調査(前編)
治療院を営んでいる山田さんは、最近同業者の友人から税務調査に入られ痛い目にあったと聞き、気が気ではありません。山田さんの治療院は開業以来4年まだ税務調査がありません。一般的には3年から5年に一度調査があるといわれており、そろそろ来るころです。いったいどんなところを調べられるのでしょうか。また追徴課税はどのような場合に生ずるのでしょうか。今回は、最近弊事務所の顧問先治療院であった税務調査の詳細をお伝えし、ご参考にしていただければ幸いです。
税務調査の対象になるのは?
今回税務調査の対象になった治療院は、開業5年目の個人事業。治療院は東京都下の駅前徒歩3分の立地。月売上250万円から300万円。売上の内訳は保険売上72%、自費・その他売上28%。従業員は正職員5名、パート3名。開業以来、年々売上を伸ばし、地元一番店に。調査官が調査の対象に選ぶ基準は、当然調査を行い追徴が生ずる可能性の高いところになります。調査官に聞くとそんなことはないといいますが、調査に行ったら人件費がかかるわけで、それに見合うところに行くのが当然でしょう。今回のように毎年売上が増加し、経費も増えている事業主は、売上の過少計上、経費の過大計上がある可能性が高いと見なされ調査の対象になりやすくなります。
事前準備はしっかりと
調査日が決まると、それまでにやっておく事前準備があります。開業年度から直近申告年度までの、総勘定元帳、日計表、年末調整の書類一式、通帳、保険請求書控、保険者または保険請求団体からの決定通知書、自賠責請求書控、自賠責入金通知書、業者からの請求書、現金経費の領収書等を揃えます。弊事務所では、過去の売上、経費の科目別年次比較を行い、特定の科目で大きな増減があると、その増減理由を事業主に確認してもらいます。特に特定の経費が増加した場合は、調査官によってその詳細が調査されますので事前の関連書類の準備と内容の確認が重要になります。
親族間の貸し借りは?
いよいよ調査日が来ました。午後一時に二人の調査官が来所。ベテランと新人のようです。挨拶のあと、早速質問が始まりました。
調査官「開業された経緯を教えてください」事業主Aさん「OO市で分院長を二年やったのち、ここで開業しました」。調査官「開業時金融機関からの借り入れはないようですが、開業資金はどうされたのですか?」Aさん「自己資金と親から五百万円借りました」。調査官「そのお金はその後返済されていますか?」Aさん「はい。お金のある時に返済しています」。さて、調査官は開業資金の質問で何を調査したかったのでしょうか。もし、ここでAさんが親からの借入金を全く返済していないと回答していたら、それは贈与になるので贈与税が課税されることになります。五百万円の贈与の場合、贈与税は五十三万円になります。親族間の貸し借りは、このように贈与とみなされる場合があります。借用書を作成し、定期的に返済するようにしてください。この場合金利はどうしたらいいのかという質問がよくあります。一般の金融機関から借り入れしたとした場合の金利を適用してください。といっても金融機関の金利もいろいろです。日本政策金融公庫の普通融資の金利を参考にしてください。金利をとらない場合は、とらなかった金利が贈与とみなされます。
売上の計上時期は?
調査官「保険請求は何時行い、入金は何時ありますか?」Aさん「施術した翌月初に保険請求を行い、その月の月末に入金があります」。調査官「それは早いですね。通常はもう一ヶ月後になるのでは?」この調査官は柔道整復師の保険請求については知識がないようです。医者の場合は、国保・社保については診療月の翌々月末に入金がありますが、柔道整復師の場合は保険者や請求団体によって異なってきます。
調査官はこの質問で何を確認したかったのでしょうか?この後、期末の売掛金の残高を確認し、売上の計上時期が知りたかったのです。税務上は、施術した年度で売上を計上すべきですが、入金月で売上を計上している事業主もいます。個人事業は12月で決算になります。Aさんの場合は12月に施術した保険請求の入金が翌年1月末にあります。この場合は、12月分の保険請求額が12月の売上になります。しかし入金が翌年になるので、これが決算書上、売掛金(12月末で売上は立てたが未入金の残高)として残るのです。調査官は、12月度の保険請求書控と、1月に来た保険請求団体の決定通知書、そして、1月の通帳を見て、確かに12月施術分の売上が計上されていることを確かめました。もしここで、入金ベースで売上を計上していたら、12月施術分についての保険請求分の売上が計上漏れと指摘され、この金額が全額所得加算されます。この金額が百万円、Aさんの所得税率が20%とすると二十万円の追徴になります(別途延滞税等の附帯税と住民税がかかります)。この手法は“期ずれのチェック”といい、労力をあまりかけないで追徴ができるので、調査の際は必ず行われます。
売上返戻どうしている?
あとよく質問があるのは、返戻分の取り扱いです。12月以前の施術についての返戻が翌年あった場合、これは今年の売上をマイナスするのか、翌年返戻がわかった時に売上をマイナスするのか。12月末で締めて決算を行い、翌年3月15日迄の申告書の提出までに届いた決定通知書により確定している前年施術分の返戻額は、前年の売上からマイナスできます。実務的には、毎月の経理処理では、返戻が判明した月で売上マイナスを行い、決算の時のみ、上記処理を行うのが、作業負荷が少なくて済みます。また、Aさんのように一ヶ月後に入金のある場合は、返戻額も少ないのでわざわざ前年売上をマイナスすることもないでしょう。請求団体によっては、請求後6ヶ月して入金があるケースでは、返戻が判明するのが6ヶ月後以降になるので、返戻金額も多額になっていることがあります。この場合は、決算で前年分の返戻額のマイナス処理も6ヶ月遅れますので、その分所得が多くなり、納める税金も多くなってしまいます。
窓口収入と現金の管理はどうしている?
調査官「窓口収入はどのように処理していますか?」Aさん「患者さんが来られたら受付にある記入表に名前を記入してもらい、診察券をボックスに入れてもらいます。受付は診察券を見てカルテを取り出し日計表に名前を記入します。施術が終わったらカルテに内容を記入、受付に渡します。受付はこれを見て患者さんから代金をもらい、レジ打ちしたレシートを患者さんに渡し、日計表に金額を記入します。営業が終了したら、受付が日計表を集計し、レジの現金と合わせます」。調査官「使われているレジはレシート控が残りますか?」Aさん「残りません」。調査官「レシートの再発行はされますか?」Aさん「はい。レジで打ったものを渡しています」。調査官「レシートのサンプル打ち出してもらっていいですか?」Aさん「はい」といって打ち出したものを調査官に渡す。調査官「レジの釣銭は金額を決めていますか?」Aさん「はい。5万円です」。調査官「今レジ開けて釣銭みせてもらってもいいですか?」Aさんはレジを開き、釣銭を調査官に見せる。確かに5万円ありました。調査官「一日の売上金はどうされるのですか?」Aさん「私が管理しています。そこから経費の支払行い、銀行への預け入れはしていません」。調査官「今その現金はどこにありますか?」Aさん「ロッカーと自宅にあります」。調査官「今ローカーの現金確認させていただいてよろしいですか?」Aさんはローカーに行き、調査官の前で現金を数える。全部で12万円ありました。調査官「自宅の現金今みられますか?」Aさんの自宅は治療院のある建物の上の階にあります。Aさんは自宅から現金を持ってきました。18万円ありました。調査官「現金出納帳はつけられていますか?」Aさん「いいえ」。
調査官は現金売上について矢継ぎ早に質問し、その時の現金がどこにいくらあるかすぐに確認を行いました。そこまでやるのかと思った読者の方もいらっしゃるでしょう。税務調査は法律的にはあくまで任意の調査で法的強制力はありません。自宅にある現金まで見せることに抵抗のある方は断ることもできます。しかし、特にやましいことがなければ、見てもらった方が、印象がよくなります。断ると、現金売上の過少計上などの不正を行っているのではと勘繰られてしまいます。現金売上は一番不正を行いやすいところです。よくあるのは、一日の売上の一部を売上に計上しないという手口です。例えば、夕方6時以降の売上を計上しないとか、保険外の自費売上を抜くとか、正しい日計表とは別に売上を抜いた日計表を作る(二重帳簿)とか。調査官はこのあと、現金売上の計上が正しく行われているかのチェックに入りました。さて調査官はどんなチェックを行ったのでしょうか?(以下次号につづく)
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